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海に惚れ込んだ勝浦へ完全移住。“うまい”海水から最高の塩を作る

海に惚れ込んだ勝浦へ完全移住。“うまい”海水から最高の塩を作る

勝浦市(東京都→勝浦市:2020年~)

田井智之さん(勝浦塩製作研究所 代表)

千葉県の南東部、南房総国定公園の一角にある鵜原理想郷は、潮風に浸食された断崖が連なる景勝地。その岬の突端で、ひとり黙々と塩づくりに励んでいるのが、田井智之さんです。趣味のサーフィンのため、波を求めて全国を旅し、勝浦市にたどり着いたのが28年前のこと。時を経て、迷いの中にいた田井さんを導いたのも、勝浦の海でした。

二地域居住をしていた勝浦へ完全移住

海のきれいさや波のよさに惹かれて28年前から勝浦市に通い始めた田井さん

鵜原理想郷にある勝浦塩製作研究所で塩づくりを行う田井智之さん。東京都出身の田井さんは、10代からサーフィンを始め、30年以上かけて日本各地の海を巡りました。なかでも惹かれたのが勝浦の海だったのです。

モデルや俳優として活動しながら、都内で外国人観光客向けのハイヤー会社に勤めていましたが、2010年から勝浦市の部原に部屋を借り、休日にサーフィンをしに勝浦市へ通う二地域居住をスタート。そんな日々が一変してしまったのが、新型コロナウイルスの感染拡大でした。

「インバウンドに特化した会社だったので、仕事がなくなってしまいました。都内でこれから何か新しいことを始めるのは無理だなと思い、もう勝浦に移住しちゃえと」

移り住んで半年間は、何もする気が起きず、サーフィンばかりして過ごしていましたが、そんなある日、いつものように海で波待ちをしていたときのこと。

「言葉が降ってきたんです。海の恵みを使えばいいって。それで海水を使って塩を作ろうとひらめきました」

勝浦の海水にはほかにはない旨みがある

鵜原海岸からの風景。左奥の白煙が上がっている場所が勝浦塩製作研究所
  • 絶景が広がる鵜原理想郷の黄昏の丘
    絶景が広がる鵜原理想郷の黄昏の丘
  • 海辺にある勝浦塩製作研究所。元はアワビの養殖施設だったそうです
    海辺にある勝浦塩製作研究所。元はアワビの養殖施設だったそうです

サーフィンを始めた頃から、いろいろな場所の海水を飲む“利き海水”が習慣だった田井さんは、勝浦の海水には旨みがあると感じていました。そこで、勝浦各地の海水の味を比べ、鵜原がいちばんおいしいと確信。勝浦市商工会が主催する「かつうら創業塾」で経営について学びながら場所探しも行い、2021年11月、勝浦塩製作研究所の開業にこぎつけたのです。

「ここは勝浦漁協が管理していた場所。東京からぽっと来た人が借りられるようなところではありませんでしたが、私は知人を介して紹介してもらい、借りることができました」

長年の勝浦通いで得たネットワークが起業の助けになった田井さん。新しい土地では、自分から挨拶や自己紹介をしていくことが大事だと話します。

「勝浦弁ってけっこういかついんです(笑)。“あんだおー”と言われて、最初は怖いなと思ったけれど、それは“ちゃんとやれてる?”という心配の意味で、その言葉の中には愛がありました。殻にこもらず地元の人の懐に入っていけば、自然とその場所になじんでいけると思います」

満月と新月の日の海水から2つの塩が誕生

2台の釜で700リットルの海水を炊きます。現在の釜は千葉県の助成金を使って作り直した2代目
  • 塩炊き中は1日300キロもの薪を使用。薪は間伐材や廃材を譲り受けているそうです
    塩炊き中は1日300キロもの薪を使用。薪は間伐材や廃材を譲り受けているそうです
  • 塩炊きは5日間におよび、その間、室温は60度に達します
    塩炊きは5日間におよび、その間、室温は60度に達します

開業後、初めて海水を汲んだのが2021年12月の満月の日。この海水から塩を作るのに2週間かかったため、次に海水を汲んだのはちょうど新月の日でした。

「できあがった塩を食べ比べてみたら味が違うんです。成分分析にかけたところ、満月はマグネシウムが多く、新月はカルシウムが多いという結果に。重力で味が変わることを自分で作ってみて初めて知りました」

こうして、塩味が強くコクがある「満月の刻(こく)」と優しくまろやかな「新月の煌(きらめき)」の2つの塩が誕生。とはいえ、商品化までには多くの困難がありました。設備づくりも塩づくりも失敗の連続。暗中模索の中、田井さんの背中を押すこんな出来事がありました。

「当時、クラウドファンディングもしていて、それを見た群馬県のお寿司屋さんが勝浦まで来てくれたんです。まだ商品化前だったのでサンプルを食べてもらったところ、“これはまさに私が求めていた塩です。完成したらすぐに購入します”と言ってくださった。わかってくれる人がいるんだとうれしくて泣けましたね」

勝浦のために自分にできることは何か

左が「満月の刻」、右が「新月の煌」
  • ピラミッドソルト開発のため、クラウドファンディングで資金を集め、ビニールハウスを建設
    ピラミッドソルト開発のため、クラウドファンディングで資金を集め、ビニールハウスを建設
  • 国内ではほとんど製造されていない希少なピラミッドソルト。3年後の完成を目指しているとのこと
    国内ではほとんど製造されていない希少なピラミッドソルト。3年後の完成を目指しているとのこと

商品完成後は、自ら飲食店を回り、塩を配り歩きました。その甲斐もあり、今では勝浦市内のみならず、県内各所で取り扱ってもらえるように。ネット販売も始め、福岡や東京・銀座など県外からの注文も増えています。

現在はピラミッドソルトも開発中。ピラミッドソルトとは、バリ島の聖地・テジャクラで500年以上前から作られている希少なピラミッド形の自然結晶塩。難しいチャレンジですが、現地の視察も行い、完成を目指して鋭意開発中とのこと。

「28年前に初めて勝浦市に来て、ずっとこの海で遊ばせてもらった恩がある。人間50歳を過ぎたら自分のエゴだけでは動けません(笑)。勝浦市のために自分にできることは何かと考えています」

田井さんは、塩づくりだけでなく、商店街にある「かつうら商店」を観光協会から引き継ぎ、土産店の運営のほか、こども食堂も開いています。また、移住者を集めた飲み会なども企画しているとのこと。すべては勝浦市のため。その想いが田井さんを突き動かしています。

この海が好きだからここで生きていきたい

  • 田井さんの市内のお気に入りのサーフスポットは部原海岸
    田井さんの市内のお気に入りのサーフスポットは部原海岸
  • 「かつうら商店」では「満月の刻」と「新月の煌」も取り扱っています
    「かつうら商店」では「満月の刻」と「新月の煌」も取り扱っています

勝浦市へ来るきっかけとなったサーフィンは、もちろん今も続けています。波がある日は毎朝海に入り、夕方、煙だらけになった体を洗い流しに海に入ることも。

「サーフィンって波も大事だけど風も大事なんです。コンスタントに波があって、北東の風から南風まで、真東の風以外はすべてかわせる。日本中でサーフィンしてきましたが、島以外でこんな場所はほかにありません。私は本当にこの海が好きで、サーフィンがしたくてここに来ました。それがある以上はずっとここにいたいと思っています」

この土地が好き。だからそこで生きていくために自ら行動を起こす。それは移住を考えているすべての人に通じることではないでしょうか。

「その場所にいたいという覚悟があれば、いろいろなことに飛び込んでいけます。自分から地元の人とコミュニケーションをとって、“何か困っていることはありませんか?”と聞いていけば、その中にはきっと自分にできることがあるはず。トライ&エラーを繰り返して、やるとなったら徹底的にやることが大事だと思います」

本稿は、2024年12月の取材に基づいています。

海に惚れ込んだ勝浦へ完全移住。“うまい”海水から最高の塩を作る

プロフィール

勝浦市

田井 智之さん

職業 勝浦塩製作研究所 代表
住居 賃貸マンション
地域交流 サーフィンでの交流のほか、地元の祭りへの参加やこども食堂の運営など
支援制度利用 有(勝浦市空き店舗等活用支援事業補助金など)

相談窓口

移住に興味がある方は、県や市町村の移住相談窓口にお気軽にご相談ください。